公的年金制度の改正と公的年金の受給開始時期

会社勤めの方(サラリーマン)は、公的年金、いわゆる老齢基礎年金・老齢厚生年金を通常の65歳から受給するか、それとも繰下げで受給するか迷われることもあるかと思います。以下に、令和4年4月1日より公的年金制度の改正がありますので、通常疑問に思う事項に言及しながら公的年金の受給開始時期に関して検討してみたいと思います。

1.老齢基礎年金及び老齢厚生年金とは
老齢基礎年金は、いわゆる国民年金のことであり、個人事業の方が加入されている年金というと分かり易いですが、加入対象としては国民全員が加入するものです。従って、サラリーマンの方は、この国民年金に加えて老齢厚生年金(まとめて厚生年金)にも加入していますが、この支払う保険料(社会保険料)は、健康保険と厚生年金の双方(40歳以上から介護保険にも加入)をカバーし給与額を基準にして会社と折半(半額ずつ負担)となっています。

広義の社会保険とは、病気・介護、怪我、失業、老齢等に備えて加入する公的な保険のことを指していますが、健康保険(75歳から後期高齢者医療保険)、年金保険、介護保険、雇用保険、労災保険の5つの制度で成り立っています。法律により加入条件が決められており、その条件を満たす場合には、加入することが義務付けられているものですが、狭義では健康保険・年金保険・介護保険を「社会保険」と言われています。

2.年金の社会保険料はいつまで支払が継続するのか
(1)厚生年金
正社員のサラリーマンとして勤務されている場合、厚生年金の加入は、原則満70歳未満まで加入要件を満たしますが、70歳になりますと厚生年金保険の被保険者資格は失いますが、通常「70歳以上被用者」という特別枠になります。その場合、70歳以上の方は、厚生年金保険料の徴収はなく、年金額計算の基礎にもなりません。しかし、既に公的年金を受給されている場合、後述します「在職老齢年金制度」の年金調整(減額)の対象となります。
(2)健康保険
健康保険の加入は、満75歳未満まで加入要件を満たしますが、75歳になりますと健康保険の被保険者資格は失い「後期高齢者保険制度」に移行することになります。会社での保険料支払いは、満75歳未満までとなっています。
(3)介護保険
介護保険の加入は、満40歳以上から死亡まで継続しますが、会社での保険料支払いは、満65歳未満までとなっています。

3.老齢基礎年金及び老齢厚生年金の受給開始資格と年金受給の繰下げ
老齢基礎年金及び老齢厚生年金(以下、特別な区分が必要ない場合には、「公的年金」という)の受給開始は、原則、満65歳からとなっています。この65歳受給開始を66歳以降に「繰下げ」を選択(双方又はいずれか一方)することも可能となっています。
「繰下げ」は、65歳時の年金(65歳到達月の前月までの年金加入記録によって計算された年金)を66歳以降の希望する月からもらい始める制度です(65歳以降(65歳到達月以降)厚生年金保険に加入した分は、繰下げによって増額されることはありません)。
繰下げによる増加率は、繰下げ月数×0.7%となります(繰下げ受給の特徴として、1カ月遅らせるごとに本来の年金額の0.7%分が増額)が、昭和27年4月2日以後生まれの人は、最高75歳までの繰下げができるようになり、次のいずれかを選択することが可能です。
(1)66歳から75歳までの希望する月まで繰下げて増額された年金を受取る
75歳まで繰下げた場合には、最高の年金額の増額率は84%(繰下げ月数120か月×0.7%)となります。
(2)65歳からの老齢基礎年金や老齢厚生年金を繰下げるつもりで待機している人が、繰下げをやめて遡って請求する。
この様に遡って年金を受け取るための請求を行った場合、時効消滅していない5年分の増額されない年金を一括受給できますが、5年超分は時効消滅期間分の年金として、受給できません。
なお、令和5年4月1日以降は、(昭和27年4月2日以後生まれの人が)70歳に達した日後に年金を請求し、その請求の際に繰下げ申出をしないときは、請求をした日の5年前の日に繰下げ申出があったとみなして繰下げ増額(5年前時点での増額)された年金を受け取ることが出来ます(ただし、老齢厚生年金のうち在職老齢年金制度が適用されれば支給停止となっていたはずの部分については増額されません)。(なお、80歳に達した日以後や、請求をした日の5年前の日以前に「他の年金」の受給権者であったときは、このみなし規定は適用されません)。
なお、75歳に達した日後に繰下げ申出をしたときは、75歳に達した日に繰下げを申出たものと見做されます。
繰下げの選択は、老齢基礎年金と老齢厚生年金は双方又は片方を行うことができます。なお、厚生年金基金や企業年金連合会からも年金を受け取っている場合は、こちらも併せて繰り下げになります。
繰下げをしたい場合、年金は自分で年金事務所に請求の手続きをしない限り、支給が始まらないので、何もしなければ支給開始は66歳以降に延びて自動的に繰り下げの扱いとなっています。実際にもらい始めたいと思ったときに手続きをすれば大丈夫ですが、実際に請求する際には「65歳に遡って増額していない年金を一括で受け取る」又は「繰下げした増加した年金を受け取る」を選ぶことになります。

4.繰下げによる過去分の一括支給年金額と所得税課税
公的年金収入は所得税上では「雑所得」となります。繰下げ待機から遡及請求を選択して過去年分を一括支給を受けた場合の課税は、各年度ごとの雑所得として取扱われることになることに注意すべきです(つまり、年度ごとに修正申告を行う必要が出てくる場合があります)。

5.繰下げと新たな在職定時改定との関係
繰下げ以外に、新たな「在職定時改定」の適用により、60歳到達月以降に厚生年金保険に加入した期間や、その期間の標準報酬月額・標準賞与額が反映して、老齢厚生年金額が毎年10月分から増額されることになります。
繰下げは、65歳到達月の前月までの厚生年金保険加入記録によって計算された年金額が増額されますが、65歳以降の加入による老齢厚生年金については、繰下げしても年金額は増額に反映されません。

6.最高75歳までの繰下げ制度と在職老齢年金制度との関係
在職老齢年金とは、60歳以降も働き続け、厚生年金に加入している人は、給与・賞与、厚生年金額の合計が一定額を超えると、受給する年金が減額されたり、全額が支給停止になったりする調整の仕組みのことをいいますが、このときの年金を「在職老齢年金」と言われます。在職老齢年金の支給金額は、以下の様に算定されます。
{(基本年金月額+標準月額給与額+標準月額ボーナス)-470,000円}×1/2 = 支給基準となる在職老齢年金の調整額(月額年金の減額)
以上の算式から、給料金額が高額となり、基本年金月額<支給基準となる在職老齢年金の調整額の場合には、年金の全額が支給停止となります。
①年金(基本年金月額):
在職老齢年金の計算に使うのは、年金の1か月分です。「老齢厚生年金」÷12か月で1か月分を計算します。但し、加給年金が加算されている場合には、加給年金を省いた額を12か月で割ることになります。
②給料(総報酬月額相当額):
総報酬月額相当額とは、年収を12か月で割り1か月分になおしたものです。年収は月給とボーナスの合計なので、「月給」+「年間ボーナスを12か月で割った1か月分」が総報酬月額相当額となります。月給には、厚生年金保険料を決めるための基準となる「標準報酬月額」を使用します。ボーナスは、年金をもらう月以前1年分を12か月で割り1か月分を計算します
在職老齢年金制度の適用者が、繰下げを選択すると支給年金額に影響する場合があります。

7.年金の繰下げ受給のメリット・デメリット
(1)メリット
① 年金額が増額される
年金を繰下げる一番のメリットは、年金額が増額されることです。
② 増額された年金は一生続く
公的老齢年金は、一旦もらい始めたら生存している限りもらえる終身年金制度です。繰下げ受給した場合でも、受給開始した後は増額された年金額が一生続きます。
③ 出来るだけ長く働こうと思っている人
65歳以後も働き、生活に困らない程度に収入を得られる場合は、年金をすぐに受給しなくてもいいかもしれません。
④ 年金額が少ない人
専業主婦(主夫)期間に対する年金は老齢基礎年金だけになります。老齢基礎年金は満額を受取れる場合でも約78万円です。仮に5年間(70歳まで)繰下げると年金額は約111万円に増えます。
一方で、公的年金に対する所得税を計算するときには公的年金等控除があります。公的年金等控除は年金受取り開始年齢や受給者の所得によって異なりますが、65歳以後に受取る場合、最低でも110万円あります。加えて48万円の基礎控除があるため、年金以外に所得がなければ所得税がかからないことになります。
⑤ 長生きすると考えている人
繰下げした元が取れるまでに約12年かかりますが、長生きして長く年金受給し続けられると思える人は繰下げ受給してもいいでしょう。ただし、繰下げしている期間の生活資金の対策は事前にしておくことが必要です。

(2)デメリット
① 繰下げ損の可能性がある
長生きすればするほど多くの年金をもらえるというメリットがある一方で、死亡してしまうとその時点で支給停止となってしまいます。結果的に繰下げ損となってしまうリスクがあります。
② 加給年金がもらえなくなる
公的年金制度には国民年金と厚生年金がありますが、そのうち厚生年金には「加給年金」という制度があります。
加給年金とは、被保険者期間が20年以上ある人が、原則65歳になった時点で65歳未満の妻を養っている場合、妻が65歳になるまで厚生年金に加算して支払われるお金のこと。夫の生年月日によって金額は変動しますが、年間26万円~39万円程度です。
ところが繰下げ受給をすることで、この加給年金がもらえなくなる場合があります。何故ならば、加給年金は、本来、厚生年金とセットで支払われるものです。厚生年金を繰下げれば加給年金も同時に待機期間に入ります。仮に、夫が70歳まで繰下げるとして、70歳から年金受給が始まる時点で妻が65歳になっていれば加給年金の権利はなくなってしまいます。加給年金をもらえる期間は夫婦の年齢差によって変動しますから、繰下げして年金額が増えることと加給年金を失うこととの損得は人によって異なります。「年齢に応じた加給年金の合計額」と「繰下げによる増額分」を比較して繰下げの検討をすることが大切です。
③ 社会保険料や税金が増える
繰下げすることで年金額が増額することはこれまで説明してきたとおりですが、年金額が増えれば年金額から天引きされる税金および社会保険料などもつられて増える可能性があります。口座に振り込まれる年金は「所得税」「住民税」「(国民)健康保険料」「介護保険料」などが引かれた後の「手取り」金額です。繰下げせずに、本来の65歳から年金をもらい始める場合でも徴収されるのは同様です。
ただ、税金や社会保険料は、収入や扶養家族の有無、各種所得控除、居住地域などで変わるため、徴収率は人それぞれに異なります。繰下げ期間に応じた割合の年金収入が増えると見積っていても、手取りではそのとおりにならないことがあることは知っておくべきです。
通常の繰下げの「損益分岐期間」(増額された分で、繰下げている間にもらわなかった金額を取り戻すのに必要となる期間)は、11年11ヵ月となります。70歳受給開始なら82歳、75歳受給開始なら87歳で65歳開始を上回ることになります。しかしながら、繰下げによる税金や社会保険料の負担増による繰下げの「損益分岐期間」は伸び、70歳受給開始なら87歳まで生きれば65歳開始を、75歳受給開始なら91歳で65歳開始を超えると言われています。
④ 長生きできないと考えている人
繰下げしても元が取れないと考えるなら繰下げ受給しないほうがいいでしょう。
⑤ 老後資金の備えが少ない人
65歳でリタイアしてしまう、働いてもわずかな収入だけ、老後資金の備えが少なく早々に取崩したくないなど、繰下げて年金を受け取れない間の生活資金が足りなくなるという場合には繰下げ受給はおすすめできません。
⑥ 年金額が多く、老後資金の備えもある人
もともと充分な額の年金を受給できる人は敢えて繰下げしなくてもいいかもしれません。繰下げすることで税金や社会保険料が増えることや、元が取れなくなるリスクを考えながら検討すべきでしょう。
⑦ 加給年金を受取りたい人
配偶者が年下で、加給年金を受取りたい人には繰下げ受給は向いていません。老齢厚生年金を繰下げて加給年金だけを受け取ることはできません。それでも少しでも年金額を増やしたいと思う人は、老齢基礎年金部分だけを繰下げて、老齢厚生年金はそのまま65歳から受給することもできます。

8.繰下げと加給年金・振替加算との関係
繰下げをする際は加給年金や振替加算がつく場合は停止になる場合があるので注意が必要です。
(1)加給年金
加給年金とは、扶養者的な年金のようなものです。下記の2要件を満たす場合には加算されて受給できます。
① 厚生年金に20年以上加入している人で、65歳以上になったときに、自身が生計を維持している
② 65歳未満の配偶者、18歳未満の子または1級・2級の障害認定を受けている20歳未満の子がいる
この加給年金を受給するには、厚生年金の受給が必須となっています。受給権者が昭和18年4月2日以降に生まれた場合は、加給年金額は390,500円です。
なお、重要な注意点として、加給年金の受給には厚生年金の受給が必須ですので、年金を繰下げている場合には加給年金はもらえない(停止する)点があります。停止している間に配偶者が65歳以上になる場合や子どもが18歳以上になる場合もらえなくなります。
(2)振替加算
振替加算とは、加給年金の対象になっていた配偶者(例えば妻)が65歳になったときに、夫の年金に上乗せされていた加給年金が停止し、妻の年金に振替加算として上乗せされ、妻は一生涯受け取ることができます。振替加算の金額は配偶者の生年月日によって違いますが、昭和41年4月2日以降生まれの場合は対象外となります。この振替加算は妻の老齢基礎年金とセットになっているため、妻の国民年金を繰下げしている間は停止されます。
配偶者の生年月日で昭和35年4月2日~昭和41年4月1日の間の方の振替加算額は、月額1,254円となっています。

9.繰下げと遺族厚生年金との関係
厚生年金を加入していた被保険者(例えば夫)が亡くなった時に一定の条件で遺族に支給する年金を「遺族厚生年金」といいます。妻が受取る遺族厚生年金は、
①妻の老齢厚生年金
②夫の老齢厚生年金の4分3
③夫の老齢厚生年金の半分と妻の老齢厚生年金の半分の合計額
のうちで最大金額から妻の老齢厚生年金を控除した金額が遺族厚生年金となります。
その計算において、厚生年金の額の基準は元々の年金額で計算されますので、繰り上げの減る前の年金額・繰下げの増える前の年金額で計算されます。繰下げで年金をもらう予定で一度も年金を受け取らないまま亡くなった場合は65歳でもらえる年金額で計算され遺族に支払われます。

以上ですが、公的年金制度内容は難しいところですが、多少なりとも公的年金受給開始の繰下げの可否における検討情報になれば幸いです。

2022年3月31日 | カテゴリー : 税務情報 | 投稿者 : accountant